「死んでもいい」魅力って!?卵メニューに活かす

こんにちは!
たまごのソムリエ・こばやしです。
以前に
クレヨンしんちゃんの映画を観ていたら
『マッサージ』をあやつる達人な
敵の殺し屋が出てきました。
その者に体をほぐされると、
あまりの気持ちよさに
なんでも秘密をしゃべってしまう…

これ、僕には
ものすご~~く刺さりまして、
以来、疲れがたまるたびに
このキャラクターを思い出して、
「大事な秘密を
捨てるくらい
快適なマッサージ・・・
どれくらい
ステキなんだろう・・
一生にいっぺんでイイから
受けてみたいなぁ。」
とあこがれます。
山本周五郎の
平安時代小説「もののけ」には、
ある妖怪がでてきます。

相手に幻想を見せて、
その間に生気を吸い取ってしまう。
その幻想が
とんでもなく素晴らしくて
襲われた兵士たちはみんな
死の間際に
「あ~満足じゃ。
こんな極上の旨い酒を飲めて。」
「良い人生じゃった。
こんなステキな女性に会えて。」
みたいに
例外なくそこで終わる人生に
満足し死んでいく。

さすがの筆致で、
「たとえ妖怪に殺されても
こういう人生の終わりって
良いものなのかも。」
と思わせる
恐ろしい魅力があります。
殺し屋の魅力と妖怪の魅力
「どっちも同じだなぁ。」
と思うのは、そのあとに
大変なピンチが起こることが
わかっている、
なのに、
あらがえない点。
これって、
料理の魅力にもなり得ますよね。
◆食べちゃダメ、と思って食べる魅力

鶏卵は百年もの間
「1個以上食べちゃダメ」と
言われてきました。
しかし現在では完全に否定され、
「むしろ毎日多めに食べるべき。」
ということが分かっています。

でも、意外と以前の、
「もっと食べたらイカンのか~・・。」
・・・と思っていたころの
たまごの「おいしさ」、
あれって魅力度高かったのかも。
「ああ~食べちゃった・・・!」
と、悪魔的な魅力として
とらえていた部分ってあったでしょうね。
背徳感のある美味しさって
ときにすごい価値になります。
日本は仏教伝来してから
江戸時代まで、
卵を食べちゃいけない時代が
8百年間ほどありました。

『それでも』食べてしまって
仏罰が当たる説法話が、
『日本霊異記』(822年)『沙石集』(1279年)などにいくつかあります。
「地獄に行ってもいい!」
・・と思いながら
卵を食べたわけですから、
その禁断の「おいしさ」たるや
令和の時代の比じゃなかったかもしれません。
◆メニューの演出になるかも!?

あなたのお店のメニューでも
おススメの言葉や料理名で、
こういう背徳感をあおるのは
アリかもしれません。
アメリカのパーティ料理に
デビルドエッグ(悪魔のたまご)
という料理があります。
スパイスが利いたことが由来ですが、
“悪魔的に美味しい”
とイメージされていて、
知らない人からすると
すごく魅力的ですよね。

こんなふうに、
あなたのお店のメニューでも
たまご5個!?
低糖質の背徳オムライス
みたいな
ややワルモノ感を出しつつ
魅力につなげる演出は
面白いんじゃないでしょうか。

ここまでお読みくださって
ありがとうございます。


