小林ゴールドエッグ

ソムリエ日記 SOMMELIER DIALY

たまごと偉人有名人のエピソード 記事一覧

あなたのお店メニューに深みを出せる
偉人エピソードを活用しませんか?


こんにちは!
たまごのソムリエ・こばやしです。

明治の文豪・森鷗外。

「舞姫」「山椒大夫」などの
名著作とともに、西洋文学の
翻訳からも日本の近代文学へ
大きな影響をあたえたスゴイ方。

 

 

 

 

 

 

 

そんな森鴎外さん、

軍医だった経験から
食と健康にかなりこだわりがあって
そして

たまごが大好きでした。

 

お弁当はかならず
にぎりめし2つ

お母さんのみやさんが作る、

醤油と鰹節で味付けした
「いりたまご」の入った
にぎりめし、

あと
小魚を甘辛く煮たものが入った
にぎりめしだったそう。

この2つをめっちゃ好んで
食べていたそうです。

いつもにぎりめしだけで済ませる
森鴎外さんを見ていた
お役所の同僚は

「森さんって
倹約家なんだなぁ。」

と思っていたところ、

「んん・・!?
よく見たらメッチャ上等の
にぎりめしじゃないか!」

じつは隠れぜいたく
だったと気づいたのを
後に語っています。

あー
ステキですね~。

 

見た目に派手な料理じゃなくて
こういうのが真のゼイタクですよね。

具に使った卵もきっと
良いものだったんじゃ
ないでしょうか。

 

僕も炒りたまごのにぎりめし
大好きです。

ちょっと冷えてしっかりした
食感の炒りたまごが、
おにぎりと合うんですよね。

 

◆卵かけごはんも大好きだった鴎外

「私の父も卵がすきだったらしく、旅先で、よその家に泊めてもらっているようなとき、ちょっとおかずに飽きてくると町で卵を買ってきてご飯の上にかけてたべたらしい。

また父が半熟卵をたべるのを見ていると、四角い象牙の箸のとがった角で、コツコツと軽く設をたたいて、じょうずに蓋を取るので、子どもたちはおもしろがって、自分のもやってもらった」(「卵料理」森茉莉)

これは鴎外の娘・茉莉さんが
後年語ったエピソード。

ほほえましい
ステキエピソードですね~。

卵の栄養バランスの良さは
江戸時代にすでに知られていましたから、

明治の医師だった鴎外さんも
健康の観点で意識して
卵を食べていたのかもしれません。

 

◆マヨネーズ大嫌いだった

とはいえ鴎外さん
神経質なこだわりも
いっぱいありまして、

たとえば同じ卵でも

「マヨネーズみたいな
ドロドロしたもの
ぜったい食うな。」

とNG。家族にも固く禁じていたそう。

おなじ理由でケチャップもダメ。
ええ~・・・。

 

◆お店メニューのフックに

マヨネーズはともかく、

単なるおにぎりよりも
こういった偉人の由来があると
あなたのお店のメニューに
より深みが出ます。

ぜひメニューイングの際には
偉人のいろんなエピソード
活用しワクワク繁盛メニューに
してみませんか?

 

ここまでお読みくださって
ありがとうございます。

(参照:「文人悪食」嵐山光三郎・新潮社)

(関連:ちょっと珍しいレシピ本の世界②(ダリ「ガラの晩餐」) | たまごのソムリエ面白コラム

こんにちは!
たまごのソムリエ・こばやしです。
お客様との打ち合わせのために
古い文献やレシピ本を調べることがあります。

ヒントが多いんですね。

 

その中でも、特におすすめでき
日本で入手しやすいものを
ご紹介します。

あなたのお店の、メニューのヒントになれば
うれしいです。

といいうわけで、
今回は画家クロード・モネさんのレシピ本を
ご紹介しました。

僕たちの琴線に触れる、
世界の中でも特に日本で人気な
印象派の創設者です。

僕も大っ好きなんです。

 

外光派といいまして
野外で絵を描く作風の方でして、

当たり前ですが作画のほとんどを、
景色を見渡せる外ですごします。

 

ですがご本人は
外食じゃなくご自宅にこもって
めっちゃいろんな料理をしたそう。

かなりの大食漢でグルメだったとか。

死後に
書き留めた大量のノートが見つかりまして、
それが監修されてレシピ本になっているんです。

 

鶏を飼い農園で野菜を育て、
自宅の池では魚のカワカマスも捕る。

バラエティー豊かな
『美食家モネ』料理の数々は
今でも人を感動させるステキなレシピです。

ぜひ、あなたのお店のストーリーづくりにも
役立ててみるべきです。

 

邦訳本がありまして
日本でも入手可能です。

 

挿絵やモネさんの
睡蓮で有名なあの庭の写真などもあって、
眺めているだけでも飽きないステキ本なんですね。

ぜひ一読してみてください!
おすすめです。

 

ちなみにモネさんは
マネやルノワール、ピサロら友人画家を招き
これらのレシピの料理をよくふるまっていたそう。

 

実家が金持ちなのに
しょっちゅう金欠になって
マネさんに助けてもらっていたので、
そのお礼もかねて食事に誘っていたのかもしれませんね。

 

ここまでお読みくださって
ありがとうございます。

(関連:戦争をかけめぐった卵と料理本 | たまごのソムリエ面白コラム

こんにちは!
たまごのソムリエ・こばやしです。

夏目漱石の小説
「二百十日」に、

『半熟たまご』の
面白いエピソード

が出てきます。


漱石がモデルな主人公が
阿蘇の旅館に泊まった際のこと。

 

食事で

「半熟たまごにしてくれ。」

…と、宿の女中に頼みます。

ところが女中は

「はんじゅくって何??」

半熟の意味が
分からないんです。

通じない。

 

そこで、

「半分だけゆでるんだよ。」

と説明したところ、
女中が4つ卵を持ってきた。

 

2個は固ゆで
2個は生たまごで・・・


なるほど
半分ゆでてありますね(笑)

 

この夏目漱石さんの
実体験小説が発表されたのが
1906年。

明治39年で日露戦争の翌々年
ですから、

グローバルな変革が起こりつつも

まだまだ地方では
江戸時代生まれの人も多くいて
文化も色濃く残っている頃です。

「半熟たまごなんて
見たことも聞いたこともない。」

なんてことも
あったわけですね。

東京新宿生まれの夏目先生は
さぞビックリされたでしょう。

 

◆〇〇が必須なトロトロ半熟卵

実は、とろ~り半熟たまごって
少なくとも江戸の昔には

ちょっと難しい料理

でした。

それは、

時間がはかれないから。

ある程度正確な時計がないと
半熟たまごを作るのって
かなり難しいのです。

試しに
タイマーなしで
たまごを茹でてみれば
分かります。

 

かたゆで卵なら
「大体もう十分だろう。」
と思えるくらい
長めに時間をかければ
さほど難しくありません。

ですが、半熟は・・・

6分半、7分、7分半と茹でてみても
たった30秒ずつの差で
驚くくらい違うとろみ半熟具合の
ゆでたまごになっちゃいます。

これを時計無しで・・・
かまどの薪でゆでるのは
難易度高いですよね~。

 

ですので
『半熟たまご』が広く普及したのは
精密な時計が各家庭に普及
し始めてから

どこでも作れてたわけじゃ
ないんです。

 

明治時代、
地方の女中さんが
半熟たまごを知らなくても
ムリはないかもしれませんね。

 

ちなみにこの「二百十日」ではほかに

「ビール頂戴!」

「びいるはありません。
恵比寿ならございます。」

と女中さんが
エビスビールを
出してくれる

という
面白かんちがいエピソード
も載ってまして、
食文化の浸透の観点で
かなり興味深いです。

 

検索すると青空文庫で
フリーで読めますので、
ご興味の方はぜひごらんになってみてください。
2人の掛け合いが楽しい、
会話文主体なので読みやすいです。

 

ここまでお読みくださって
ありがとうございます。

こんにちは!
たまごのソムリエ・こばやしです。

明日4月5日は、
中国の清明節です。
お墓を参って
ご先祖様を供養する日。

日本でいう「お盆」ですね。

正月(春節)や
端午の節句と併せて
中国4大節の一つでして、
先祖を敬い春に感謝をする
超重要な日なんです。

この清明節、
「卵を食べる」いわれが
あるのをご存じでしょうか。

なんと!

清明節に
ゆでたまごを食べると
一年間頭痛にならなく
なる!

と言われています。

 

それには、
こんな伝説があります。


むかしむかし、
「雲門寨」と呼ばれる
水と湖の国で、
人々が漁業をして
生活していました。

ところが人々は
毎日湖に吹き込む風
によって、
頭痛に悩まされていたのです。

ある日、
神農さん(伝説の皇帝で薬の神様)
が薬草を探していると、

頭痛で湖の上を
転げ回っている人
がいました。

神農さんは彼らを
不憫に思い、
頭痛を治す薬草を
探し回ったのです。

しかし、
どの薬も効果がありませんでした。

そこで、神農さんは
旧暦の3月3日(新暦だと4月5日)
山から野生の卵をとって
大きな手で野菜を掘り、

船の上で調理して人々に
食べさせたのです。

挽き肉と野菜と一緒に
煮た卵を食べると、

またたく間に、
みんなの頭痛が
消えてしまいました。

以来、

毎年の清明節には
挽き肉と一緒に煮た
卵を食べる習慣

となりました。


・・・という伝説。

うーん、ステキですね~。

「ひき肉と野菜とゆでたまご」
ですから、
英国名物のスコッチエッグ
なんかも効果ありそうです。

この神農さんってのは
古代中国の伝承に登場する
三皇五帝の一人で、
医薬と農業を司る神さまなんですね。

 

実学、といいますか
俗に「百草」と言われる
あらゆる野草薬草を
自分でなめて飲んで薬効を
確かめ世に広めたすごい方なんです。

 

このゆでたまごの伝説も、
医食同源な東洋医学の
思想をうちだしているお話で、
長年の伝統になるのも納得です。

◆ホントに効く!たまごの頭痛予防効果

じつは、
卵は偏頭痛に効く
という医学根拠はあります。
ひとつは

卵に豊富なビタミンB2

これは代謝を良くし、
頭痛の予防をしてくれます。

 

また、
卵にはカルシウム、鉄、
亜鉛、マグネシウムなど
ミネラルがバランスよく
含まれますが、

マグネシウム不足だと
頭痛になりやすいそうで、
これも卵が効果ありです。

 

イタリアにも
「たまごで片頭痛と眼痛が治る」
という伝説がありますが

ちゃんと裏付けがあるのも
非常におもしろいですね~。

頭痛に悩むあなた、
ぜひ明日は先祖を敬い
ゆでたまごを
試してみてはいかがでしょうか。

ここまでお読みくださって、
ありがとうございます。

(関連:昇天日のたまごで頭痛が治る…!? | たまごのソムリエ面白コラム

こんにちは!
たまごのソムリエ・こばやしです。

 

NHK大河「鎌倉殿の13人」
先週は壇ノ浦の回でしたね。

 

幼い安徳天皇の最後、
シーンのセリフの無さが
なおさら辛さを演出してました。

 

ただ、
我が徳島県には

安徳天皇が
その後落ち延びて
山深い祖谷の奥地で
再興していた!

…そんな伝説があります。

 

ほかにも
宮内庁指定だけで
安徳天皇陵は5つ

伝説では
徳島県の伝説含め
十数か所に
『その後の生存の言い伝え』
があるそうで、

そう考えると
ちょっと気持ちが救われますね!

 

 

◆平家滅亡を決めた「白い鶏」

そういえば、平家物語には

壇ノ浦の戦いの
『平家の負け』
を確定させた
ニワトリさん
が出てきます。

 

紀伊国(和歌山)に
熊野水軍の頭領、

湛増(たんぞう)
という豪傑がいました。

源平合戦・壇ノ浦の戦い
に際して

平家と源氏、
どっちに味方するか!?

を決めかねていました。

 

先代のとーちゃんは
平家よりの立場でした。

でも勢いは
どうみても源氏・・・

どうしたものか…

 

考えあぐねた湛増さんは、
闘鶏をして

「ニワトリに決めさせよう」

と考えました。

 

古来、

ニワトリを戦わせて
重要な決め事をしよう

という発想は
日本だけではなく
海外にも広くありました。

天に運を任せる

そのつもりで
闘鶏に運命を託したんですね。

 

『白い』鶏が勝てば源氏
『赤い』鶏なら平氏の
味方をしよう!

そう決めて戦わせました。

 

結果は‥‥‥

白いニワトリさんの勝ち。

白は源氏です。

 

湛増さんは
源氏への味方を決め
壇ノ浦へ出陣します。

 

そうして源氏の勝利へと
つながったわけです。

 

もし赤い鶏が
勝っていたら…

もう少し平家の支配が続き
また違った世の中に
なっていたかもしれません。

 

ちなみに和歌山には、
この故事を祀った
「鬪雞神社(とうけいじんじゃ)」
があります。

◆原種にちかい大きな赤鶏種

ところで、
なぜ湛増さんは
『白いニワトリ』を
源氏にしたのでしょうか?

 

実は源平合戦で言いますと

『白い旗』は源氏
『赤い旗』は平氏なんですね。

紅白歌合戦の「紅白」も、
この源氏・平氏の旗の
色分けから来ています。

 

ただ・・・

ニワトリさんの羽の色は
本来の色は「赤」で、
赤鶏はより原種よりで野生に近く
当時も広く普及していた種でした。

現代では
白いニワトリは
新しい系統で体も小さく、

採卵用鶏種に限ると
赤いニワトリのほうが
だいたい2割ほど
体が大きいんですね。

 

壇ノ浦の戦い当時でも、

白いニワトリは
アルビノ的に
少数生まれてくる
どちらかというと
弱いものでした。

 

普通に考えるなら

「白鶏の方がちょっと
不利だなぁ・・・。」

と感じます。

 

もしかすると湛増さんは

「平氏に味方して
やりたいな。」

という無意識に思って
ひいき目で、

強そうな赤鶏を平氏に
選んだのかもしれません。

 

余談ですが、

赤たまごの価格が
白卵よりちょっと高いのは、
赤鶏の体が大きくて
餌をよく食べるため。

赤たまごがややクセのある風味で
白たまごはスッキリ風味です。

品質的・栄養的に
高い赤卵が上、
という訳じゃないんです。

 

ぜひこの週末は
鎌倉殿の13人を見ながら
滅ぶ平氏に思いをはせて
赤卵の美味しい料理を
楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

ここまでお読みくださって
ありがとうございます。

こんにちは!
たまごのソムリエ・こばやしです。

今日は、たまごの名言をご紹介。

<私は卵を産むことはできないが、
オムレツを見極めるのは得意だ>

– ジョージ・バーナード・ショー

 

うーん、面白い表現ですね。

「当事者じゃないけれども
物事は良く見えるんだぜ。」

という意味でしょうか。

 

これ、
料理人さん・飲食店さんと
来店するお客様の関係にも
つながりますよね~。

 

ご来店のお客さまは、
味、店のサービスを
ご評価されます。

 

時にはお店が、

『わかってないなぁ。』

『そんなに言うなら
料理作ってみろってんだ。』

なんて感じることも
あるかもしれません。

 

いや実際にそんなボヤキを
聞いた事もあります。

 

ですが、食べる側も
理屈は分からなくても

「なんとなく感じる」

良い点・物足りない点を、
わりと正確に
把握していらっしゃる
んじゃないでしょうか。

 

専門家であることと
良しあしを判断できる
ことって、

べつにカンケー無い
のかもしれません。

 

むしろ、

『卵を産む』の部分
を知らないからこそ

シンプルに
『オムレツの見極め』が
正確に分かることって
よくありそうです。

 

また、僕たちと
得意先の飲食店さまの関係も
同じかもしれません。

 

僕たちは料理のプロじゃないですし
飲食店経営もしていません。

 

ですが、
数十年の中で
数百件の『繁盛店』と、

数千を超える
『つぶれたお店』を
取引の中で見てきています。

 

たまごを通して
提案でかかわる僕たち
だからこそ見えているものが
あるようにも感じます。

 


この言葉を言った
バーナード・ショーさんは
英国の劇作家で評論家、
政治家で文学者で
ノーベル文学賞まで受賞している
スゴイ方。

 

映画「マイフェアレディ」の
原作となった小説を書いた
ことでも有名ですね。

めちゃめちゃ元気な方で
『ベジタリアン』でしたが
たまご料理は食べたそうです。

 

「ボクは動物の死体を
食べる趣味はないね。

もし食べてれば
早く死ねただろうけど(笑)

永遠に生きるんじゃないか
って言うくらい
長生きしちゃうのが
ベジタリアン唯一の欠点だよね。」

 

みたいな事を言うくらい
長生きをしまして、

94歳までピンピンして
仕事をこなし、

 

その最後も
庭でばりばり作業中に
ウッカリ転んで
骨折したことが死因でした。

 

他にも
バーナード・ショウさんは
こんなエピソードがあります。


とても太った作家が、
バーナード・ショウをからかいました。

「君はいつみても
痩せているね~。

外国人が君を見たら
イギリスは飢饉じゃないのか
って心配するだろうよ。」

 

ショウは言い返しました。

「外国人が君を見たら
飢謹の原因は君だ
と思うだろうさ。」


うーん、
こんな切り返しができる人に
なってみたいものですね~。

 

ここまでお読みくださって、
ありがとうございます。